いつだったか、誰だったか、本の中だったか、そのあたりの出所は忘れたが、「ブナは役に立たない木、だから橅と書く」の文言だけは実によく記憶している。
人の生産活動と絡めての事と分かっていながらも、「なんでそんな言われ方されるんだ?」と反発していたからだろう。
葉は雨粒を集め、やがて雨水となって幹を伝い土中に染み入り、木の実は小動物を支え・・豊かな山になるんだけどなぁ~と。
幹に絡みついた若葉に初々しい眩しさを感じました。母なるブナの存在があるからこそ、より豊かな緑を感じたのでしょうか。
つまりは、仮の母の懐で目覚めた、どちら様か存じ上げない緑葉さんに慈愛の気持ちを注いで眺めてしまう自分がそこにいるのですね。
写真は手前のブナの幹をぼかして奥の緑葉に自然と目線が向くような構図にしてみたつもりですが、逆に奥が手前に見えてきたりもする。
RVP100 AI Micro-Nikkor 55 f/2.8s NikonF3 20日撮影 高坪山
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