このところ、祈る機会と言うか時間と言うか、そんなの増えた。何故だか知らんが自宅に新興宗教みたいな勧誘も増えた。これはどういう事なんだろう。何かがある・・と詮索してしまう。
どうでもいいけど、人は悩み事や心配事があると祈らずにはいられない。崇高な相手に救いを求めたくなる。ただ、俺は他の人との感情共有は御免だ。祈りは自身の主体性のみにある。
正直、お布施も嫌いだ。心の浄化を金で済ませている。
もっとも、こんな考えだから俺はこの歳になっても無神論者なのだろう。
27日・沼垂界隈で
県展応募作品の最終チェック
仕事帰りにTカメラに立ち寄って作品に題名シールを貼った。プリント代、パネル代、応募代、搬入代行手数料、全て含めてウン万数千円を支払ってきた。
応募作品は母。作品選びの際、女房は前回(2年前)よりはマシと言った。店長は寡黙で作品の評価はしない。僕はと言えば冷めた見方が出来ている。客観的に観る事が出来ている。
インパクトがない
おとなしい
どこにでもある光景
白黒がなんだ?
確かに前回の作品よりはマシだ。ただ入選レベルに達しているかと言えば首をかしげたくなる。訴求力がない。僕の技量のなさを改めて知った。ただし、そうした思いは頭の隅に置いた。
頭の隅・・万が一の可能性を願いたいがために隅に置いた。
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